2008年10月11日土曜日

みんながやってる

みんながやっているから・・・、正しい?正しくない?

民主主義は、最大多数の最大幸福という多数決の原則で
保たれるのだから、その意味では”みんな”というのは正しい。

しかし、小さな社会の多数決のひとつともいえる”集団の
いじめ”は正しいか?否である。

近年まで正しいと喧伝されてきたグローバルスタンダードは
どうなのか?

例えば金融。基本的には個人のお金を預かるヘッジファンド
や投資銀行などが為替にちょっかいを出して通貨危機を
生み出し、原油に手を出して価格高騰を生みだし社会の
バランスを崩す。不動産に手を出してバブルを生み、金融
商品に形を変えて金融不安まで招く。

これらは、失敗を招くまでは優れた経済活動と世界中の
リーダーといわれる人たちにモデルとしてもてはやされた。
つまり、それが正しいのだからみんなもやって当然という
マジックにかかってしまった。

株で考えれば儲ける金額と損した金額は同じなのだから、
儲けるということは”出し抜いて”儲けたともいえる。
出し抜き合戦のうまい人が”勝者”となり”下手な人が
”敗者”となる。つまり、誰にも気づかれないようにできるだけ
たくさんの人を出し抜くのが”最強の勝者”として尊敬される
という精神風土を作っている。だから、人間が大事にされる
精神風土にはならない。

今、金融恐慌に直面して世界各国は金融に資本投入や
金利下げで本当の恐慌を回避しようとしている。日本は
約10年前に資本投入して体力をつけたのでそう心配は
いらないようだが、数千億円をだして外国金融機関を買収
するなど、今日の危機を招いたモデルの延長線で行動して
いるように見える。

ひと時代前の製造業の経営者の話だが、「例えば観光とか
接客業とか儲かる商売があってもそれを手掛けることは
しない」という。いいなあと思う。財務なんかがメーカーの
中心になってはいけない。元々の社会に対する役割が
大事なのだ。

政府の緊急経済措置もちょっと角度を変えたものを検討
してはどうだろうか。金融機関にお金がでても銀行は
貸し渋りや貸しはがしをやめないだろう。だから、政府
金融機関(もうなくなったのかな?)が直接中小企業に
3年間の猶予で融資すると発表する。

福祉目的税を思い切って10%とることにし、医療と介護の
給付を分厚くする。特に要介護人口は急激に増えてゆく
のだから、市場としては拡大するのだし、必ず使われる
お金なので回ることになる。また、介護には必ず人手が
必要で雇用が発生するし、人手の重要性も再認識される。

労働分配率に反比例して減税する制度をつくって賃金を
引き上げる。正規雇用社員数もこの勘定にいれて正規
雇用を増やす。

不当利得制限法を作る。アメリカの経営者の収入は殆ど
不当利得としか考えられない。普通に生活すれば一生分
に相当する報酬を1年で得てしまうなど必要だろうか。
マドンナの昨年の収入が75億円だというが、そんなものが
必要だろうか。

どんな国が安心して心地よく暮らせるのかという国の形とは
例えば上記のように決めるものではなかろうか。
アメリカの軒先を借りて生活する日本という半ホームレスに
なっているような気がする。

2008年9月26日金曜日

目的と手段

どうも近頃すっきりしない。とくに衆議院解散と選挙がらみの
ニュースをみるにつけそう思う。

そもそも、日本はどういう国であるのが望ましいのか、議論
百出でよくわからない。

例えば、年寄りから子供に至るまで不安なく生きてゆくことが
保障され、であるからして隣人に始まる人間全体への思いやり
があふれ、頑張る人と能力のある人には成功の道が開けて
いる社会。なおかつ、四季に恵まれた美しい自然と多彩な食物
とさらに多彩な食文化を愛し、それらの全てを敬愛する美学が
社会に醸成されている社会。

ま、結構のんびりとしたイメージになってしまい、とても国際競争
に勝ち残る国ではなくなってしまうかもという心配もでてくる。

しかしですよ、そういうイメージがなければ目の前の商売も駆け
引きだけになってしまい、所詮、法律的に罰されない範囲で
だました方が勝ちということになってしまいます。

与党も野党も、中期的なイメージを国民に向かって喧伝して
いるけれど、究極の目標というにはほど遠い。もっと日本人の
アイデンティティーになるような究極の国の在り方、国民の
在り方を描いてほしい。

次に方法ですが、例えば上記のイメージを到達地点とすると、
生活を保障する制度、年金などは国が最後まで責任を持ちま
すということにしなければならない。だから、社会保険庁を
民営化するなんぞは全く逆の方向付けになる。民間企業は
いつでもつぶれる可能性があるのだから実は頼りにならない。
政治家も行政も責任逃れの仕組みをおためごかしに薦めて
いるにずぎない。

税金が高くなる?当たり前でしょ!富を平均化するのだから。
でも、ルイビトンやシャネルのバッグを数十個持ってるひとが
多くなって、食べて行けずに自殺するひともどんどん増える
社会を望ましい日本と考えるのでなければ、当たり前のことと
して受け入れますよ。少なくとも私はね。

そんな日本はいやだという人は海外に流出するかもしれません。
それでもいいじゃありませんか。逆に、コストはかかるけど
居心地のいい日本に暮らしたいという外国人も増えると思い
ますよ。どっち道、お金のある人にとってはバッグが一つか二つ
少なくなる程度のことでしかありません。むしろ、社会への貢献
度が大きいという誇りのほうがずっと満足度が高いでしょう。
つまり、儲けてしまっていることの裏にある後ろめたさを取り除く
いい手段にもなります。

日本の文化は”調和”です。神社だってお寺だってうまいこと
折り合って調和してきたじゃありませんか。世界中どこを見たって
こんな風に何気なく調和している社会はありません。理論的に
いえば調和なんていいかげん極まりないものですが、生き物は
理論ではない。

目的と方法をゴチャゴチャにしないで一度じっくり考えてみたら
どうかな~と思う今日この頃です。

2008年9月25日木曜日

リーマンブラザース買収

三菱UFJ、野村、三井住友などがリーマンブラザースなどの
株式取得に乗り出すことに決定したようだ。

一部生き残る側では銀行業務に絞り、投資からは撤退する
ことになる。

世界に日本の実力を見せつけた格好でまことに喜ばしい。
そうか?そうなのか?

ちょっと前までは勝ち組といわれてきたリーマンらは、理屈上
価値があると思われるペーパー商品を売り、ドルと証券という
紙の交換による収益を上げてきた。

ものを生産する企業に投資して育て、社会に貢献するのとは
違い、紙と交換した紙幣は勝ち組にだけ集まって社会には
貢献しない。

資本主義の鬼子のマネーゲームの行き着く先は所詮こんな
ところで、いいように見えても社会からしっぺ返しを受ける。

アメリカがリードしてきたマネーゲームが破綻したのに、その
破綻した事業を引き継ぐということがよく理解できない。少し
形を変えたマネーゲームに勝機を見ているのだろうか。

しかも、日本の一般サラリーマンからみれば気の遠くなるような
報酬をもらっている5000人だかの従業員を引き受けるという。
これが政府から資金投入を受けてリストラを声高に叫び、
徹底してきた金融機関がどう処理をするのだろう。

数年後、今の経営者たちがリタイアした頃に今回の投資が
つけとなってまたあの不良債権処理が舞い戻ってこないよう
切に期待する。

折角上げてもらってもいい頃になって不良債権処理があるので
上げられないなどということが5年後に起きないようにしてほしい。

日本の中小企業が資金繰りに困っているのを助けて育てる
という地道な方法のほうが、折角救済しても苦々しく思われる
投資より調和がとれていると思うのだがなあ・・。

2008年9月15日月曜日

教育シンジケート

大阪の知事が教育委員会をクソ野郎呼ばわりして
議論をよんでいる。全国共通の試験の結果を公表する
ことがいいか悪いかでの議論なのだが、それとは別に
クソという表現がけしからんという方が大きくなっている
ように見える。特に、教育委員会側はこれを大声で叫ん
でいる。
一言でいえば、近頃では常套手段というより常識となって
しまった論点のすり替え。どうもうさんくさい。

ロースクールにしてもそう。足りない弁護士を増やそうと
いう趣旨で海外では当たり前のロースクールを作った。
弁護士が増えることは悪くないが、大学と文部科学省の
チームは法科大学院新設に併せてロースクール以外の
受験ができないシステムを実現した。

増やすという目的にはロースクールを作ることは合致する
が、受験資格を設けることはむしろマイナスになる。
合格水準を引き上げるのであれば試験の合格基準を高く
すれば済むのだから、弁護士志望者を無理やりロースク
ールに行かせる仕組みとしか考えられない。つまり、高い
費用のロースクールに入る余裕はないが独学で司法試験
を受けようという有意の人間を排除するのである。
これが教育の根幹にかかわる人たちの腹の底。
利益を上げるための仕組みを関係者だけで作っている
シンジケートそのもの。

こんな腹黒さの上に立つ司法の質が高くなるはずはない。

大分県教育委員会の不正などは隠蔽されていたことの
一部がたまたまばれてしまっただけで、究極の目的は
何かを忘れてしまった教育シンジケートでは、これから
もっと色々なことがでてくると思う。

2008年9月10日水曜日

朝ズバに提案

今朝の朝ズバで天下り改革の成果がどうだったかという
フォローアップをまとめていた。結局、一時期騒ぐだけで
実態は変わっていないようだ。

自民党総裁選で喧しいが、総理大臣が変わると前の首相の
約束は私がしたものでないとか、約束の意味はこういう意味
だったとかで、リセットされてしまう。個人政治で政党政治では
ない。

そこで、時の内閣のマニフェストや法律、行政通知や指導を
すべてウォッチング項目にしたパネルをつくり、実際どう行わ
れているかを毎月チェックすることにしたらいいのでは。
つまり、喉元過ぎれば忘れる熱さを毎月政府にも国民にも
思い出させてやる。パブロフの条件反射と同じで、いずれ
パネルを見ただけで熱さに飛び上がることにもなる。

悪いことをしてほとぼりが冷めた数年後にはぬくぬくと生活
する官僚なんぞのリスト化もいい。リスト化すると宣言する
だけで抑止力になる。

どうでしょうね。

2008年9月8日月曜日

きれいな切れ方

切れるとは?一体どういうことなんだろう。

最近の例では、福田首相が”私はあなたとは違うんです!”や、
○○親方の”親が子供を信じるのはあたりまえでしょ”や、
関取xxが、第三者機関の”検査結果は信じません”なども
ニュアンス的には切れている発言。

いきなり殺傷する行為に現れてしまうのはきれいもクソもないが、
言葉で切れるのにもいろいろあって、きれいな切れ方というのも
ある。

どうも、上の3つの例ではきれいさを感じない。
対比するのに三島由紀夫の自殺を考えてみる。
彼は国を憂い、その憂いが自分の命に代えても信念であることを
示すために死んだのだと理解している。つまり、自分のために
なした死ではない。

上の3つはどれも自分のために怒っているらしい。力士は、自分の
有利になるのであれば、ひょっとしたら嘘も辞さないだろうし、親方は
力士を守ることで自分の立場と利益を守っているのだろう。

福田さんは、政局を見たときに身を引くのがベストの政治判断と
考え、現に、客観情勢的にはこの機会以外に自民の選挙勝利は
ないらしいので、一見自己犠牲にみえる。だが、身を引くという
決断が正しいのだという自負があり、その判断をほめてくれること、
歴史的評価がほしいのではないかとも思える。だから、あまり美しい
と感じないのかもしれない。

最近では人間の持ちうる美しさというのがあまり表にでてこない。
これは、近頃の人間そのものが美しさを失ったのか、あるいは、
それを伝えるべきマスコミのレンズが間違っているのか・・。

その意味では、安部さんの”美しい日本”というのは可能性が
あったと思うんだけどなー・・。

2008年8月20日水曜日

オリンピック

石原都知事がロンドンの次は東京でオリンピックをと頑張っている。

北京オリンピックも終盤に差し掛かってきたが、聖火リレーやテロ予告
が心配された状況からみるとずいぶんと盛り上がっている。
特に、中国国民の盛り上がりは、政府肝入り応援団を差し引いても
相当な熱気を感じることができる。もちろん四川大地震の被災地では
違うのだろうが、そのダメージにめげない熱気が中国を覆っていると
感じる。
日本は、学力やGDPなどで世界の順位を下げているが、オリンピックの
成績もやはり中の下という印象を免れない。また、柔道の鈴木をはじめ、
引退を示唆する発言が多く、全体として一段落、一休みしたいという風潮
が選手に多いように思う。特にハンセンというライバルがなくなって
しまった北島には次の目標を定めにくいのだろう。

経済が低迷するだけでなく物価が高騰し賃金が伸びず社会保障も期待
できないという日本にあって、唯一前に進める可能性は、目標をもった
意欲である。そういう目で東京オリンピックをみると、8年後という時間も
行政や企業が事業計画を立てるのにも現実的だし、手頃だと思う。
海外からの旅行者2000万人という目標もオリンピックというきっかけ
なしには実現は難しい。旅行者一人50万円遣うとして2000万人だと
年間10兆円の外貨収入になるのだからこれはすごい事業だ。

個人や地域によって異論もあるだろうが、ここは石原都知事に賛同して
2016年東京オリンピックを目標にしてみましょう。

2008年7月28日月曜日

ついに発売!痛快輪

製品を発売するというのは大変なことで、ひとつ進むごとに一つの山に
ぶつかってしまう。足かけ3年もかかってしまいました。

前にも紹介したことのある、身につけるだけで痛みが治まるという嘘のような
製品だけに、なかなか信じてもらえないということと、痛みを治すというのは
医療の世界なので、普通の物品でそういうことがあってはならないという、
今の制度のため、造る会社も売る会社もでてこなかった。仕方なく全部自分で
やろうということになったけど、デスクワークで過ごしてきたサラリーマンには
やることなすことすべてが未体験ゾーンといってよい。

オリジナルは腕輪なのだが、腰痛などには効きにくいので足首につけられる
ような軟らかい製品にしなくちゃならない。
そのオリジナルも銅製品なので錆びて肌や衣服を汚すし、これも解決しなくちゃ
ならない。

ケースはどうするか、どこで販売するか、使い方をどう教えるか、などなど・・・
世の中にあふれている商品には必ずこんな苦労が隠されているかと思うと、
世間様にたいする敬意がふつふつと沸いてきましたね。

結局、使い方を指導できる鍼灸院などを中心に販売することにしました。
鍼灸院には腕輪とネックレスと足首のストラップの3種類をセットにした
テストキットを提供し、待ち時間につけてもらい痛みのなくなった人だけに
売っていただくようにしました。これだったら、自分で確認できるので信じられ
ますよね。

そうこうしているうちに、健康工務店というネットショップを開いている社長さん
が、以前差し上げたネックレスを奥様がつけたところ、毎朝約束のように起こ
っていた頭痛が嘘のように起きなくなったので、ネットでも売ってくださることに
なりました。

また、韓国、アメリカ、イスラエルでもどうやら売っていただけそうな気配。

売れすぎたら量産のきかない手作り製品なのでこれも問題・・。

本当に製品一つ造って売るというのも大変なことです・・。

2008年6月13日金曜日

企業買収

日本の製薬企業がインドの企業を買収したとニュースで知った。
愛国心の強い私としては買収されたニュースよりは買ったニュース
の方が好ましいが、何やら不安が残るのも正直なところ。

物を生み出してそれが世間の評価を受けて利益を生むまでには
大変な時間とお金と血のにじむような努力が必要である。
特に、医薬品が利益を上げられるようになるには20年以上の歳月と
数百億円の資金がかかるといわれているのだから、もう販売して
利益をあげている会社を買収するほうが手っ取り早いのは誰が見ても
はっきりしている。

ならば、誰かが開発するのを見ていて、儲かると分かってから
資金力に物を言わせて会社を買ってしまうのが正解だという結論になる。
儲かることが分かってから買うのであまり専門的な知識はいらなくなる。
ファイナンスの知識があれば済む。結果として、製薬会社の財産である
医学的な専門知識はあまりいらなくなるのでそれを担う技術者達の
人件費も節約できる。万々歳である。

もし、世界中の製薬企業が同じように誰かが新しい薬を作り出すのを待つ
ことになったらどうなるんだろう?
生み出す人がいないのだから新しい薬はできない。
そうなると、病人、社会が困る。
全員がやってしまうと社会が困ることを「悪いこと」という定義を当てはめると、
油揚げを狙うトンビが悪者であるのと同じように、そういう製薬会社も悪者と
いうことになる。

もうひとつ、技術知識がいらないから製薬会社の知識が空洞化して行く。
これはもう製薬会社としてのアイデンティティーをなくすことですよね。

日本の製薬会社が合併して資本を大きくし、海外の巨大資本製薬企業に対抗
しようとする気持ちは分からなくもないが、この競争はオークションに参加する
のとおなじで際限がない。負ければ買われることになる。

またもやイスラエルを引き合いに出して恐縮だけど、国土も小さく、資源にも
恵まれないかの国では、それほどお金もないのに新しい技術を次々に生み、
その技術をお金に変えている。イスラエルをみていると資金力がないと新技術は
生み出せないという論理がいつも当てはまる訳じゃないことがよく分かる。

大企業になってゆくのもいいけど、タイタニックの例をひくまでもなく、ただしい
航海をしなけりゃ沈没だってする。しっかりお願いしますよ、船長さん!

2008年5月28日水曜日

精神病と伝染病

バラバラ殺人事件で色々な判決がでている。
その中に、自己同一性障害などの精神異常があるという理由で
減刑される判決もある。

勿論、病気はなりたくてなるわけではないから本人の責任ではない。
同じように伝染病にかかるのも、進んで罹るのでなければ本人の
責任ではない。

しかし、法定伝染病に罹患した場合は強制的に隔離されることになる。
本人に罪があるわけではないけれど医療施設に隔離して社会に伝染が
蔓延するのを食い止めるためなのだからやむをえない。しかし、病院と
拘置所と名前は違うが拘束されるという点では似ている。

精神障害で非常に攻撃的な性格の人はどうするのがいいのだろうという
迷いを似たような事件の判決から感じる。

要するにこういうルールというのは、社会全体のセキュリティーをどうする
のかという問題なのだから、個人に責任があるなしとは別に決めるべき
ものだと思える。

具体的には、精神障害者を収容する施設を整備するのがよいと思う。
本人の理性では止められない精神障害そのものが起こした犯罪は、
現在の「有罪」「無罪」という二者択一ではなく、「社会不適合疾患認定」
という第三の道をつくればいいのではないだろうか。つまり、これは個人の
犯罪性云々を問わないが社会的に隔離することで社会に対する次の犯罪
を抑止しようとするもの。だから、精神障害による犯罪者に罪を科する
べきかと悩む必要もなくなるし、社会の安全も図られることになる。
罪を憎んで人を憎まずである。従って、死刑廃止論などもとりあえずは
論議しないで済む。

医療にはお金がかかるし、社会の老齢化とともに更に増えるが、日本という
国、社会はそういうコストをかけてセキュリティーを担保するのですというので
あれば、国民は、少なくとも私は負担に協力しますがね・・。

2008年5月15日木曜日

紹介しよう

今日アップした写真はEphraim Lansky博士である。
見るからにユダヤ人、といっても分かりにくいかもしれない。

敬虔なユダヤ教徒は髪も切らず髭も剃らないので、もじゃもじゃで
頭に小さな帽子を乗せているのです。

もう知り合ってから10年位になるが、実に日本的な人である。
どちらかといえば寡黙で、ザクロがどう乳癌に効くという学問的な話題
でないときは、あまり話さずにこにこしている印象が強い。

どこの国でも同じだが、ずうずうしい人もいればシャイなひともいる。
彼は非常に遠慮深く、シャイで、嘘がつけなく、好きなユダヤ人のひとり
である。

学会に参加するため来日したときに食事につれていったが、宗教上の
理由で海老はだめ、アナゴもだめ、イカもだめで苦労した。そんなときでも
ニコニコ。

彼のザクロの研究は実は面白い。ただ、時代の流れには乗ってこれ
なかった。ザクロには女性ホルモン様物質が含まれていて、今の薬事法
では食品や化粧品にホルモンを入れることが禁止されているからだ。
普通に食べているものの中に入っているのだから仕方が無いではないか
という反論もザクロを加工しない限りという制約で却下される。彼のザクロ
製品は、発酵させることに特徴があるのだから・・。

勿論、特定のホルモン成分だけを抽出して毒性から何から多額の資金を
投入すれば薬にすることもできるが、抽出も大変だし、少ししか取れないから
採算があわないし、第一ひとつの成分だけで十分な効果があるかどうかも
疑問なのだから、薬にはならない。

牛乳を発酵してヨーグルトにするように、ザクロを発酵してつくったジュースが
後から発見されたホルモンと法律によって飲めないというのは変な感じがする。

もっとも、昔からあったケシの花から麻薬がとれるようになって規制されている
例を考えると、やっぱり無理でしょうかね~・・ザクロジュース・・。

おかしな家計

私も含めて庶民は同じものなら安いほうが好きである。
主婦ともなるとスーパーのチラシを比べて1円でも安いほうを選ぶ。

ただし、全員ではないことは勿論で、接客のされかたとか信用とか
義理のほうが値段よりも重要という人もいる。こういう人たちは別な
部分に価値を認めているので、買う物と値段とが釣り合っていると
納得しているはずである。

一方、企業は同じものを1円でも高く売れれば利益につながるので、
消費者側とは対立する立場になる。

それでは、公共組織は公平無私な裁判官として中立なのか、企業側
なのか、それとも消費者(一般人民)側なのか?
話題の国土交通省はどうだろう?
国土交通省のお役人が大臣を先頭にエンヤコラ掛け声をかけて工事
する訳はないから工事会社に発注することになる。勿論原則は入札
だが、談合や随意契約が横行しているらしい。
なんでか?企業側は1円でも高いほうがいいのでそれらしい理由を探して、
あるいは、形を整えて高く落札する。万歳!である。
もし国が赤字財政に悩み、真剣に家計をやりくりしたいのなら、チラシを
穴の開くほど見て安いものを買うのが当たり前の知恵。

それなのに、そうなっていないらしいのは企業側の考えに立っているからに
違いない。

ここに新しいアスファルト補修技術があります。今までのように表面を剥がして
加熱して軟らかくした新しいアスファルトを敷き、均してローラーで固めて乾燥して
完了という工程が、ただ表面に補修剤を塗るだけという技術で、補修剤代金が
安く、重機がほとんど要らず、乾燥までに1時間なので人件費も少なくて済み、
なによりも物流などへの影響が少ないといういいとこだらけの技術です。
しかし、こういうのはほぼ採用されない。同じ区間の工事費でいえば売上が減る。
人が余ってしまう。だから、家計がどうであれ家族の中で一人だけ身に過ぎた
生活をするヤツのために皆がお粥をすすることになる。

厚生労働省はどうか?やっぱり同じ。
出来高払いという制度が保険の基本にあるために、沢山お金をかければかける
だけ保険から支払われる金額は多くなる。だから、機械はこれでもかという高額な
ものが開発され、その値段に見合う保険点数がつけられるし、薬も高くなければ
稼ぎが減る。勿論、どれを使うかはお医者さんが決めるので、お医者さんとしても
同じことなら沢山支払われる方を選ぶ。
この舵取り役が厚生労働省。世界で一番高い薬を使わせて赤字だから年寄も、
経済的に苦しい人も負担するのが当然だというのは、家計を考えないドラ息子。

こんなまやかし、偽装は吉兆に比じゃないですよ!中国を責めることなんか
おこがましいですよ!世界中から信用されなくなりますよ!なんとかしないとね!

2008年5月14日水曜日

日本民族とユダヤ人

昨日、イスラエル建国60周年パーティーがあった。

イスラエル・日本友好のパーティーのときは自衛隊制服組の
多さに驚いたが、今回は制服が一人も居ないことに驚いた。

大使は、イスラエルにとって60年というのは日本人が思うほど
の記念ではないそうで、考えてみれば4000年以上の歴史から
みればほんの一瞬にすぎないという気もする。しかし、一方で
平和に存続できることも強く望んでいることもよく分かった。

同じテーブルで色々な人とお話しする機会があり、改めて世間は
広いと思い知らされた。

そのうちの一人は、クリスチャンで構成するCBMCという団体の
ひとで、今は、ユダヤ人と日本人との共通性を研究しているという。

宗教的な紋章の類似点や言葉の類似点が驚くほど沢山あることを
知らされた。紋章というのはデザインなので、直線、曲線、○、×、
△の組み合わせしかないのだから、起源が違っていても似たような
ものが生まれてくる可能性があるので、正直なところまだ半信半疑
だが、言葉となるとチョット話が違う。その一端をあげると

泣く・・ナク、死ぬ・・シヌ、座る・・スワル、帝・・ミカド、歩く・・アルク、
火傷・・ヤケド、県・・アガタ、声・・コエ、草・・クサ      

などなど、発音も意味も同じヘブライ語と日本語がこの他にも沢山ある。

ユダヤの消滅したひとつの部族が日本にきたとか、皇室に伝わる
三種の神器のひとつである八咫の鏡(やたのかがみ)にはヘブライ
文字が書かれている(?)という本を信じるわけではないが、
初めてイスラエルをおとずれたときになんとなく懐かしい感じや
違和感のない印象は、ひょっとするとここからきているのかもしれない。

すこし調べてみようかな~。 たとえば、八咫だって八葉と書いた時代も
あるらしく、「八葉」というのはイエスキリストの象徴でもあるというのだから。

2008年5月13日火曜日

腫れが退く!

アメリカの友人から連絡がありました。

たち仕事をしているおすし屋さんが下肢の血流障害で足首周辺が
腫れあがり、黒く変色して組織も崩れはじめているというのです。

私の友人がこれを心配して相談してきたのですが、私はお医者さん
でもないので、兎も角早く処置しないと壊死して切断しなければなら
なくなるということだけアドバイスしたのです。

友人は、アメリカで売り出そうという私の会社の商品(単なる純銅の輪)
が役に立たないかというので、赤坂で診療所を開いている先生に
聞いた話とニュージーランドの人の話を思い出して、患部を挟むように
銅の輪をつけて試すようにアドバイスしました。

赤坂の先生は、腫れのある部分を挟むように金属を装着すると腫れが
3日程で引くという経験則をもっており、ニュージーランドでは、弱った
樹木にアルミ箔と銅箔を離して巻いておくと水の吸い上げがよくなって
元気になるので今でもやっているという話です。

アメリカの友人は、足につけるように以前送ってあった製品サンプルを
渡したそうです。

それから1週間たって連絡がきたのです。本人がみてもはっきり分かる
ほど足の腫れが引いてきて細くなったそうです。仮に、気のせいでは
なくて腫れが退いているとしても、お医者さんに診て貰う必要性がなく
なったわけではないことを注意し、手遅れにならないうちに早く病院に
行くように念をおしておきました。

いくら金属の値段が高騰しているといっても、たかが銅ですよ!
溶かして飲ませたわけでもないし、厳密に言えば肌に直接触れるわけ
でもないのに、どうしてこんなことが起きるのか説明がつきません。

でも、痛みが数分で消えたり、腫れが数日で退いたり、樹木が元気に
なったりというのは事実なのです。どなたか科学的な説明をつけて
いただけると助かります。

文献を調べてみたら、Walker WRという先生の論文がありました。
銅のブレスレットを装着したリウマチ患者に症状改善が認められたこと
を擬似ブレスレットをつけた患者群と比較しています。患者数は全部で
300人というからかなり精度の高い試験です。
使用後のブレスレットの重さを測定すると銅の量が減っているというの
です。

そのうち、銅の電位が生体電位にどう影響するのかとかイオンチャン
ネルへの影響の有無とか、NO生成との関連など、いずれ証明できれば
と思っていますが、そんなことはどうでも、痛みがとれたり、腫れが
ひいたり、木が生き返ったりすればそれでいいじゃあありませんか?

どうおもいます?

2008年4月24日木曜日

社会保障と雇用促進

桝添さんが3年間で100万人の定期雇用を増やす方針を経済財政諮問会議で
発表したそうだ。本当にそんなことができるのか、ちょっと疑問に思う。

一方では、企業年金や組合健康保険が苦しくなっているのだから、企業負担を
増やす定期雇用者の採用がどういうメリットがあって進むのだろう?

そうでなくても経営者は今や”株主利益優先”スタンダードで経営されていて、
リストラしてでも利益追求せざるを得ないというのに・・・。

小手先ではだめだと思うな・・。

厚生年金保険というのは国と自治体と企業と個人がつくる社会保障制度です。

保障というのは”健康で文化的な最低限の生活”を送れることと定義すると、
そーですね、1食分1000円としても月に9万円あれば健康で文化的に生きて
ゆけるかな。光熱費などを加味して1ヶ月10万円、年間120万円。住居費用
を入れれば200万円、病気になったときの治療費を考慮しても240万円。
これを赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃんまで一人ひとりに保障すると
年間に300兆円必要になる計算。

このうち、就業年齢の20代~60代の700万人分を除くと、約53兆円必要と
計算される。これだと消費税他の税収で考えられる範囲になる。なにせ、
特定道路財源で払われている外郭企業への支払いが12.6兆円もあるの
だから、国民へのサービスの対価であるシャドーコストは膨大なはずで、
あらゆる手続きから1種類だけ書類をなくせば多分捻出できる。
窓口で説明する人、用紙を管理する人、申請の受付窓口、審査する人、
それを決済する人、関連省庁に回す人、印を押す人、郵送する人が
いらなくなる。多分、1書類で1兆円くらい無駄がはぶけるのではないか。

話を戻そう。

最低保障といっても、経済的にゆとりのあるひとは自分のお金でいくらでも
自由に生活を楽しむことができるので、いくら経済社会に貢献してきたからと
いってこれ以上はあげない。

逆に、働かなくてもいいというのは社会に貢献するから社会の恩恵も受け
られるという理念に反するので、特段の事情なしに貢献度が低ければ標準
から減額する。しかし、死ぬ以外ないというレベルまでは下げない。
憲法の基本精神には反するかもしれないが、犯罪者が反社会的行為の
ために与えられるペナルティーとおなじように、非社会的行為の結果の
ペナルティーと考えれば納得がいく。

そうした上で年金と健康保険の企業負担を撤廃する。撤廃して不要になった
負担分は少しディスカウントして税として徴収する。そうすれば、あまり利益を
出すよりは人件費を厚くして会社の力にしようというインセンティブもでてくる。
もちろん、正式雇用でも臨時雇用でも保険関連の支出額は変わらないので、
毎回教育する手間のいらない正規雇用の方がコスト削減になるわけで、
結果として正規雇用が促進されることになる。

日本にいれば生きてゆける、頑張ればもっと楽しく生きられる、ずっと居たい、
という気持ちが将来不安をなくすし、セーフティーネットがあるからチャレンジ
してみようという気持ちを引き出す。

今の日本が本当に必要としているのは、長い間にマインドコントロールされた
官僚的思考から目覚めることではないかな。日本の凋落の原因はこんなところ
にあるんでしょうね。

2008年4月11日金曜日

カオス的なるもの

腐れ縁という言葉がある。英語ではunsavory ties (芳しくない関係)とか
単にties(結びつき)とか表現するらしいが、もうひとつピンとこない。

軽蔑しきっているのにキライになれないとか対立する概念が並立する
ときに使われるambivalentの方が近い気もする。

例えば懐があったかいときには物事に強気になったり、積極的になったり、
寛容になったりすることは誰でも経験すると思うが、そのときの身体の調子
でも気持ちは変化する。勿論気持ち次第で身体が動いたり動く気がしない
ということも起こる。

感情や経済状態やコンディションなど多くの事柄が絡み合って結果が生ま
れてくるが、絡み合う要素が多すぎると結果も多様化するわけで、これを
科学的に関連付けようとするのがカオスの科学らしい。

国会の現状などを見るにつけ、どうも日本人そのものがカオス的マインドの
民族のような気もするし、そうであるならこれほどカオス研究に素質をもつ
民族もいないことになる。

0か1かで思考してゆくコンピュータ的形式が西欧の思考だとすると、複雑系
の問題解決は苦手なはずなので、日本の科学的アイデンティティーがカオス
なるもので確立できるのかもしれない。

医学研究の分野では、東洋医学と現代科学のブリッジングにカオス解析が
試されているらしいが、東洋医学を古臭いとばかにせず、カオスを荒唐無稽
と舐めていない真摯な態度はきっと何かを生み出してくれると確信する。

2008年4月1日火曜日

江戸と東京

今日から後期高齢者医療保険制度がスタートした。
75歳以上の人たちに財政事情がどうであれ保険料を負担して
もらうというもの。月々の年金が数万円でも・・・・。払いきれなく
なったら保健医療は受けられないので、全額個人負担・・・・。
できるわけないだろそんなこと!規則ですから死んでくださいと
いうようなもの。あるいは、本当はこの治療をすれば助かるけど
お金がないならこれで我慢してねと諭される・・・。

あ~なんとすばらしい国家になったんだろう。
国民的人気の小泉さん!満足していますか?

私は江戸時代の姥捨て山を思い出しましたよ。ついでに士農工商の
封建時代も・・。

徳川家康は大名たちが謀反を起こさないように経費のかかる
参勤交代や河川工事、城の修理を義務化し、家の格に応じて
家来の数も決めた。各家、すなわち地方自治体の収入は米だった
から、凶作がつづくと歳入が減る。すると税金が引き上げられ、
翌年作付け用の種籾まで徴収され一揆が起こったりした。
すべては武家(お役人)のため。

幕末になるとどの武家も米を換金する札差の借金がかさみ、もう前借
させてもらえないところまで行き着くと、幕府は棄捐令(借金はチャラ、
合法的組織的自己破産)で武家を救った。その穴埋めに商人(会社)
は物価を引き上げるからますます市民生活は困窮し、打ちこわしなどの
原因になっていった。

かといって、武家の家臣(地方公務員)も給料はお家に借り上げられて
全額もらえるわけではなかった。

幕末になると、幕府は長州を征伐したいしお金はないしで、商家から
何百満両という資金を徴収した。現在に換算すれば数千億円。

自由社会といっても現状はほとんど封建社会と変わっていない。
自由社会で変わったのは、商人たちの経済活動の自由と家臣たちの
生活確保だけ。いわゆるサラリーマンである商家の番頭、職人や農家は
依然として”生かさず殺さず”の為政者理念で扱われている。

いや、企業減税をして個人の税金を引き上げるだけじゃなく、介護保険
(健康保険が苦しくなってきたのでこんな名前を付けてお金を集めると
いう悪知恵。あの岡光さんが考え出したアイディアです)の新設、健康
保険料の引き上げ、年金給付の延期などの一方で、メタボ健診という
あらたな利権構造の構築、暫定税の恒久化等など、どうやったら人民を
絞れるかという政治理念は江戸時代よりパワーアップしている。

役人の給料を借り上げるところまで行かないうちに、体面を保つだけの
支出はカットしましょう。それでもまだ足りないのなら、銀行救済のために
拠出したお金を思い出して、史上最高の利益を上げている企業から
誰もが住みたくなる国家にするために沢山の寄付をしてもらいましょう。

封建時代ですらできていたのに、この二つは未だに隠されて実行されて
いないことです。お金が足りなくなったからといって、一揆も起こせない
弱いものから搾り取るのはやめましょう!エリートの皆さん、学校で
やさしさとか惻隠の情を習わなかったのですか?

すこし乱暴かもしれないが、こんな国に愛情がもてない。
子供だって孫だって苦しめるのなら生まないほうがいい。

2008年3月31日月曜日

まおちゃんの未来

まおちゃんといってもスケートの真央ちゃんではなく、我が家の
初孫のまおちゃんに、それこそずいぶん久しぶりに会ってきた。

本当は正月にもっとゆっくりできるはずだったのが、温泉に着いた
その日に私がインフルエンザで高熱をだし、うつしてはならじと
そそくさと帰宅してしまったので、3月遅れの正月みたいなもの。

私たち夫婦に娘、ママのご両親も加わってまことに賑やかしく、
大人数はそれだけで楽しいことを味わうことができた。 試験を
控えた娘のボーイフレンドが一緒だったらもっと賑やかだったろうな。

ところで、孫のまおちゃんだが、色んなものを持って生まれてきた
ようで、実にたのしみ。

まず、食欲がすごい。おとなと同じ量をぺろりと平らげ、それでも
まだ足りないという按配。将来像の一番目は”ギャル曽根”二世か?

息子夫婦が両方の親たちを宝塚月組公演に招待してくれ、
世代ギャップと雰囲気ギャップに戸惑いながら鑑賞させてもらった。
初めは女が男を演じたり、外人になっていたりで、日常とのギャップ
になぜか気恥ずかしさが先立ったが、自分の子供たち世代のお嬢
さんたちが一生懸命に演じている姿に次第に肉親でもあるかのような
応援する感情がわきあがって最後はこちらの気分は舞台と一体化
していた。あの短い時間はなんだったのかと劇場をでると逆のギャップ
ができていて、あ~夢の世界だったんだと我に帰った次第。
少女たちが憧れるのもむべなるかな・・・。
女房がつぶやくには、まおちゃんを将来宝塚にいれようかだとさ。
どうすべきでしょうかね~、大食いと宝塚、すごいギャップだけど・・。

なんやかやで2泊3日をすごすうちに、すごい人見知りのまおちゃんも
ようやく我々になれてきたみえて、大分遊んでくれるようになった。
とくに男性には人見知りがすごいらしい。赤ん坊もひとりひとり
生まれたときからちゃんと性格があり、まおちゃんは息子や娘とも
確かに違っている。生き物の仕組みを作った神様はたいしたもんだ。
さらに個性的な息子夫婦の教育を受けるわけだから、そりゃあ世界に
二人といない人間になるのだわな。地球上に何十億の人間がいても
ひとりとして同じ人間が居ない理屈だねえ・・。

限られているのに無限の可能性をもつまおちゃんは一体どんな未来を
描くのか、私たちにどんな夢をみせてくれるのか、楽しみだ。

2008年3月26日水曜日

シルク

シルクはカイコからとれる高級繊維だくらいは知っていたが、最近、
必要があって少し調べてみたら実に奥が深いことを知った。

なぜカイコが絹糸をだすかというと、ちゃんと成体して繁殖できるように
外界から身体を守るためらしい。糸自体に通気性と湿度、温度などを
調節する機能が備わって完全な空調システムを作っているらしい。

1匹のカイコが紡ぎだすシルクの長さはほぼ富士山の高さくらいだといい、
それが18種類のアミノ酸でできているときけば、またすごい能率だと
驚かされる。シルクのタンパクといっても、糸の中心となるフィブロインと
それを取り巻くセリシン(3種類ある)がまず体内に液状でつくられ、口から
吐き出されると同時に糸として硬化するという。まるで工場ですよね。

シルクの利用は5000年も前に遡り、衣類は勿論、栄養源にもなっていて、
中国では漢方として治療に使われてきた。
血糖値を下げたり、中性脂肪を下げたり、アレルギーを治したりと多岐に
わたる作用が現代科学で再評価されて報告されている。

本当にそんなにすごいのかを実感するために微量のシルクプロテインを
手近にあったクリームによく混ぜて塗ってみた。なるほど、完全空調という
だけあって、翌朝洗顔しても乾いた感じがまったくしない。そうなると、
シルクのパジャマを着ているとアトピーが治るという話もさもありなんと
思えてくる。

糸としてのシルクはいくつものグレードに分かれていて、日本のシルクが
最も優れているらしいが、生産量は激減して、いまや中国の1000分の1、
インドの500分の1にしかならない。1匹のカイコが食べる桑の葉は、25g
程度だというから蛋白源としても生産効率は悪くないのではないか、
もっと利用すればいいのにと思う。

合成化学が進歩したといっても、菌類や植物、虫などが作り出す物質を
すべて作れるまでには至っていないことを思うと、やはり自然は偉い!と
あらためて謙虚な気持ちになる。

2008年3月21日金曜日

統合医療展 

パシフィコ横浜で18日、19日と統合医療展が開かれたので行ってみた。
意外性という意味でとても面白かった。

真面目な医療という点からみると、今とは少し違った未来を予感させる
ものもあった。きのこや植物などの抽出物などは見慣れているが
病院ごとに独自の治療法や独自のクリーム剤など、多様化してきている。

不真面目とは言わないが、一方では、オーラとか波動などの商品も
展示されていた。

統合医療は、将来認知されるのかしぼんでしまうのか?

個人的には統合医療は賛成で、患者の選択肢が広がればよいと思って
いるが、あくまで、科学的に許容される範囲でという限定がつく。
展示物のいくつかは科学ではなく神の奇跡に近いものであり、これらが
統合医療の普及にマイナスに働くのではないかと危惧している。

アメリカのNIH(National Health Institute)では、51億円の予算を
組んで日本から舞茸を輸入してMDフラクションを抽出し、NCI
(National Cancer Institute)を中心に癌の補助療法の臨床試験を
開始している。そもそも、このMDフラクションは神戸薬科大学の
先生が発見して論文発表したものだというが、日本の学界や大手
企業が取り上げる前にアメリカが取り上げてしまったらしい。

科学の世界でもグローバルスタンダードを主張し、リードしてきた
アメリカがなぜ統合医療というあいまいな領域に乗り出すのか?
おそらくは、アメリカ自身が現代科学に限界を感じているからでは
ないかと思う。

もともと数え切れない要素が正しく絡み合って命が支えられ、
正しい絡み合いが崩れて病気が発生するのが生き物であるなら、
ただひとつの要素がすべてを解決するはずもない。
DNAの複製だってすべての反応条件が整っていなければ起こらない
のだから・・。 もともとが生命体自身が統合的存在なのである。

これからの科学には、人間の思い上がりの反省に立って、あらためて
生命の精緻さに敬意を持つところから始まり、人の手で創りえない
物質を他の生物から分けてもらうという自覚が必要だと思う。
なんたって、いかに合成技術が進んだといっても、まだ植物が当たり
前に合成しているものすべてを人間が作れないんですから。

2008年3月4日火曜日

やっぱりイスラエル

イスラエルのオルメルト首相が来日して講演会があった。
BRICs以外で5%以上の経済成長を遂げている国はめずらしい。

今の日本から見るとうらやましい限りである。

講演会は1部と2部に分かれていて、オルメルト首相の講演は
1部だったのだが、セキュリティー・チェックの厳しいことたるや、
入場まで小一時間かかっていた。世界中どこにいてもテロの
危険があるイスラエル首相なのだから当然だが、日本にも
もう少しこの手の緊張感があったほうがいいのではないか。
1部が終わって休憩に入ったあとは、誰もが出入り自由になって
ずいぶんとはっきりしているもんだと笑ってしまった。

イスラエルの経済成長を支えるのは、世界第1位の研究開発投資
で、GDPの5%弱に達している。また、先ほどのセキュリティーと
同様に、この国には存続の危機感が根底に流れていて、それが
他にない技術を持つことで成長とアイデンティティーを得るという
国民性につながるように見える。

一億総批評家になってしまった日本では、よいことも悪いことも
出る杭にならないほうが賢いという事なかれ主義が雲のように
蓋い、イスラエルとは対照的な社会規範をつくっている。
そりゃあ自分だけはそれでいいさ。日本経済はそのうち上向くなんて
根拠の無い人任せで今日を安穏に過ごしていたひにゃ、近未来には
自前では生きてゆけなくなりますよ!

ここは、イスラエルとの交流を盛んにして、彼らの生きるエネルギー
を移殖してもらうのが一番近道だと思うけどナー。

2008年2月25日月曜日

山本モナ

近頃、山本モナがあちこちのバラエティーに出ている。

こんなに沢山でるようになったのには事務所の努力もあったのだろうが、
つまらなければ声はかからないはずなので、面白いのだと思う。

なるほど、生き生きしているし、自分の個性を惜しみなく出していて、
魅力的だと思う。

路上でチューした民主党の若手代議士は直接のコメントを避けて、
人の噂も75日を決め込んでいるが、暫定税率にからむ国会質疑などの
シーンでは、本当だろうか?本音だろうか?という白々しさをつい感じて
しまうのは、私だけだろうか?

人間だれしも魔がさすことはあるもので、繰り返す失敗も数え切れないと
思うのだけど、いくら繕ってみても自分の価値が高まるわけもなく、事実も
消えない。

事実を認めるということは、とりもなおさず掛け値なしの私をさらけ出す
ことで、いいところも悪いところもある正味の自分に付き合ってもらうという
宣言に他ならない。

モナさんは、確かに見た目はきれいだが、それだけではない人間味が
画面から伝わる。それがなかなか素敵だと思う。

がんばれ!いや、頑張らなくていいぞ!

2008年2月20日水曜日

脳のトレーニング

眼力トレーニングその他、脳を活性化するというゲームがある。
テレビCMの画面を見るだけでもついていけてないのがはっきり分かる。
あー、俺もこんなに老化したのか・・と寂しさが気持ちを覆う。

だがまてよ?これって本当にそうなの?

子供たちも各種のゲームに凝っていた時期があり、後ろで見ていて
「すごい!」と驚く一方、「なんかこれは危ないなあ・・」と思っていた。

相手の能力や出方、こちらのエネルギー残量や武器など、画面のあちら
こちらに表示される情報を、眼の焦点を合わせることもなく理解しつつ、
飛び上がったり回転したり武器を振るう。こんなに沢山のことを同時に
やってしまうなんて、なんとすごい脳なんだろうと感心した。

コンピュータのプログラマーの作業を見ていたときにも、こんなにすごい
速度で流れる記号をよくも瞬時に判別できるものだと感心した。

だが待てよ、脳の機能が高まるということの中に、「じっくり考える」という
のは存在しないのだろうか?いわゆる「思考力」といわれるものは何?

満員電車の中で、携帯のゲームに熱中している人をかなり多くみかけるが、
ゲームする空間をギシギシと確保して周囲に迷惑がかかるというのが
普通の思考した結果になることを考えると、速度とか量とかだけでは
測れない能力がありそうに思う。

そろそろ、こういう画一的な価値をもてはやして誰かが儲けるというのを
止めにしませんか?

生き物というのは緊張と弛緩、活動と休息という反対のものを両方とも
必要とするのであって、そこのところを皆が分からない限り居心地のいい
世の中にはならないと私は頑なに信じます。

もう古い?そんなの関係ない?

2008年2月10日日曜日

今という時代

だいぶん長い間ブログから離れてしまいました。
だからといって日常なにも感じなかったわけではありません。

日本でもアメリカでも、隣の人があるひ突然虐殺者に変わる事件が
頻発しています。今で言う”キレル”現象ですが、どうしてなのか・・。
答えはないままにチョット考えてみた。

ずいぶんと前に聞いたことのある”人間社会の螺旋状進化”はなぜ
起きるのかという理論ですが、私個人としてはかなり納得しています。

 規範⇒理性⇒感性⇒感覚⇒規範⇒理性・・・と

社会の大多数の心理が繰り返してゆくのが、社会的生物の人間の
宿命だというような意見です。私がデフォルメしていたらオリジナルの
提唱者のかた、ごめんなさい。折角ですから、間違ったままで続けます。

規範社会というのは、”世間が許さない”とか”お天道様が見ている”とか
と表現すれば、それ以上説明しなくても全員が善悪を知っている社会を
意味します。

理性社会というのは、ある社会通念としての善悪に関して、よくよく考え
ればそれを悪だと決めつけるのはおかしいという正当性の主張を、
それもそうだと受け入れる風潮が盛んになっている社会です。

感性社会というのは、理性的な善悪だけが社会を構成しているのでは
ないから、これが心地よいとか美しいと感じるとかという感性を大事に
する社会です。

感覚社会というのは、心地よいことだけが感じるわけではなく、汚いとか
醜いとかいわれるものもイケテルではないかという意見を理解する社会
です。

平たく例えるなら、躾の厳しい家で育てられた子供が、よその家の様子を
知るにつれて別のルールも採用するべきだと主張するようになり、
じゃあ家庭内で話しあって多数決で決めてゆくことに決まった。そのうち、
音楽に出会い、話し合って決めた一流大学・一流企業というコースより
楽器を演奏したい気持ちが強くなってしまう。どうしてもという子供の気持ち
も分かるし、悪ということでもないので、そんなに好きなことならと認めてし
まう。音楽を続けるうちに既成の音楽に限界を感じ始め、ステージで全裸
になり、楽器を打ち壊し、脱糞したりなど凡そ人のやらないことにある種の
達成感・快感を感じるようになったが、数人の仲間は理解してくれるし、
別の世界でも似たような異端児が沢山でてくるようになった。
今まで我慢してきた親たちは、何ぼなんでもこれは異常としか思えないので、
これは善くこれは悪いと厳密にきめることにする。・・・

元禄時代がどうであるとか、大正ロマン、とかエロ・グロ・ナンセンスとか、
典型的な時代はあるが、さて現在はどんな時代なのだろう

どうも、”いつでも過渡期”のような気がする。
まず選択肢が天文学的に増えた。
選択肢を知り、選ぶには効率のよい情報伝達が必要となりITが進歩した。
一つ一つを選ぶには、ネットサーフィンのように瞬時に取捨選択して
次に移らないとこれは到底無理なはなし。要するにひとつについて
深く考える時間がないので、すべてが要約版になる。
マスコミも要約して伝えるのが使命だから、深みを求めるのは一種の
マニアに位置づけられる。そのようなマニアがあらゆる領域に生まれて
マニアという一種の市民権を与えられてゆく。
天文学的に多くの価値観が共存するかの状況ができあがる。
それ自体は悪いこととは一概に言えないのだが、問題は”何が悪いのか”
を深く論議する習慣が薄れているので、社会として何が一番大事なのか、
なにを排除するのは妥当かを決めることが難しくなり、結果として、
非常に短期間のうちに、規範、理性、感性、感覚が話し合われ、
結論らしきものを得るとすぐに次の話題に移り、忘れられてしまう。

”考え”とか”思い”というものが使い捨て、インスタント化しているし、
大事にされないのだから、人間が大事にされなくなるのも当たり前。

少なくとも、便利とか文明とか科学とか新しいとかが追求されて、
情報と物が個人の許容範囲を越えた現代は、無意識のうちに表層的な
考えに流されているのではないかと疑って生きるのが大切かも。

2008年1月18日金曜日

腰痛!怖くない!

”してやったり!”ですよ、まさに。
以前にも書きましたが”銅製の輪”の話です。

30年来の腰痛持ちを自認する知り合いに足首用に作った銅製の輪を
プレゼントしました。1月16日の午後3時15分のことです。世間話をして
3時20分頃に”どうですか?”とたずねたところ、彼曰く

”あれ、変だな!!”、”こんな訳ないんだけどな??”。

ヤッター、ざまみろという感じですよ。

実はこの人には、以前に腕輪とかネックレスとかベルトを試してもらった
ことがあるのですが、そのときはあまりはっきり効果がなく、”こんな物で
腰痛がとれるなら世話無いよ”、”なんたって色々試しても30年続いてる
のだから”という嘲笑を受けてしまったわけです。
それは、いい加減なことをいう奴だという私への評価につながることでも
あるし、嘲笑されたまま死ぬわけにはいかないという意地も芽生える
結構大きなことでした。それが、一気に払拭できたわけですので、正に
ヤッター、万々歳です。

でも人間の身体って不思議ですよね~。おなじ物でもつける場所によって
作用の現れ方が違うんですから。やっぱり、鍼灸でいう経絡とかツボという
長年の経験則には妥当性があるんでしょうね。その反面、効くものなら
どうやっても効くはずという一律的な判断基準というのもそろそろ破綻
しそうな気がします。

2008年1月17日木曜日

感動のブログ

呑気呆恬(のんきほうてん)のブログというのを発見しました。
あんまり嬉しいので思わず今日のテーマに!

呑気呆恬先生はどちらかの大学か研究所で生理学を研究
されているようです。リンクには専門の講座もあり学生さんや
研究者が中心に学問的なディスカッションをしています。

何に感動したのかというと、まず気前のいいところ。
講義したり本にしたりすればお金に換わることを
それこそ惜しげもなくどんどん教えてあげちゃう。
中には失礼な質問や虫のいい話などがあっても、
ぜんぜん怒っている様子がなく、むしろ恬淡と多様な人々
との話を楽しんでいる。
私より年下なのに丁度いい湯加減がジワっと伝わってくる。

そんなノンビリとした温泉気分を伝えてくれているけど、
呑気呆恬先生はかなり忙しいと密かに想像している。
なんたって、いろんなものに関心がありすぎるもの。

人間て不思議ですね~。いくら忙しくても興味のあることを
している限りストレスではなくゆとりにすらなってしまうのですね。

こんな日本人が増えて楽しくなるといいな。

勝手に紹介しちゃいます。先生のブログは
http://green.ap.teacup.com/nonkihoten/です。

2008年1月16日水曜日

いいひと

新テロ特措法が成立した。参議院で否決されても衆議院で再可決
というルールによる成立でした。

亀○と内藤との試合などのルール無視やハンドボールの中東の笛など
を見ると確かにルールは大切だと思う。けれど、これらも勝利という成果
が欲しくて発生した点では新テロ特措法と目的は同じ。要するに適法性
がどうかという一種の技術論の違いでしかない。

こうしてみるとルール通りで合法的だとされることにもずいぶん変だと
思うことが近頃つくづく多いよな~と感じるのは私だけでしょうか。

福岡の飲酒運転の事故にしても、飲酒をごまかすために水をのんだこと
が正常な判断力を示す証拠として有利に働いたりするのは、”正義”とか
”善意”に照らすと納得できない。年金ねこばばの時効もそう。適法で
あっても正義感にはマッチしない。

どうにかなりませんかね、こんな考えの社会。

方法論でいえば、寄付金の制度を変えて課税対象にせず、社会貢献度
の高い企業や個人にはさらに褒章があったり、労働分配率に応じて
税率を変えるなどすればそういう企業や人たちが増えるだろう。

経済活動といっても社会生活に甚大な支障を与える領域には投機が
できないように制限するなどもあるかもしれない。

別に鎖国を提唱するわけではないけれど、我々が誇りに思いずっと
ここに暮らしたい日本という国はこんな価値観で舵取りをしてゆくのだ
と宣言してもよいと思う。日本という国をビジネスの対象からゆくゆくは
ここで暮らしたいと世界中が思える居心地のよい国にするほうが
気がきいているし、アイデンティティーになると思う。

戦後60年。第二次世界大戦の後遺症は大分治ってきたかもしれないが、
受験戦争の与えたスキル中心主義という後遺症はまだ残っている。
人間で言えばいい歳。そろそろ誰からも慕われ尊敬される大人の国
になるべきです。

2008年1月10日木曜日

らくだのヤギさん

イスラエルは四国くらいの広さなのですが13の気候があります。
もちろん砂漠気候もあり、ネゲブ砂漠があります。ベドウィン族の遊牧地域だった
のですが、どんどん灌漑と緑地化が進められていて、定住型のベドウィンが増えて
いるようです。
ここにお医者さんでありながら牧畜を研究しているヤギルさんという人がいます。
私は密かに”らくだのヤギさん”とメーメーして喜んでいます。

らくだのヤギさんが誕生したのは、WHOから委嘱されて21世紀の食料問題を
解決するのにらくだの研究を始めたのがきっかけだそうです。
月の砂漠のイメージから私たちはらくだは砂漠の生き物のように思っていますが、
モンゴルやカザフスタンなどのかなり冷え込む地域にもいます。
つまり、砂漠のように水がすくなく牧草のたりないところでも、かなり冷え込む地域でも
らくだは立派に生きてゆける体をもっていることに注目したわけです。

らくだは家畜として数千万頭飼われていますがらくだ乳製品はあまり聞かないように、
近代的な商業動物にはなっていませんでした。理由は、ひとつにはらくだのミルクは
不斉脂肪酸が多くて加工が難しいこと、もうひとつは、成体するのに7年かかるので
経済的ではないこと、らくだの肉はあまり美味しくないことなどです。

らくだのヤギさんは、18ヶ月で成体させる飼育法を確立し、全世界にこの方法を
広めることで食糧問題の解決に努力しています。BSEがなく、母乳に一番近いミルクを
だしてくれ、あまり手もかからず経済的ならくだを飼育して世界の食糧問題を解決する
のはちょっと合理的だとおもいませんか?

2008年1月8日火曜日

イスラエルの若者

イスラエルに行くようになって20年になります。
国際政治的には批判も受けていますが、それは別にして面白い国です。
初めてイスラエルに行ったときの最大の印象は、”キリストは実在したんだ!”
という実感でした。日本人には独特の信仰心があると思うのですが、それとは
少し違って実体を伴った神様が実在するとでもいったらよいのでしょうか、
ともかく次々に現実として見せつけられるという感じです。
ゴルゴダの丘の石畳もキリスト処刑跡のある聖墳墓教会その他諸々が
キリストが実在したことを実感させてくれます。
なんたって、国の始まり自体が聖書に記録されているわけで、その時間の
長さたるやハンパじゃない。しかも、4000年も前の事実を示す遺跡がごろごろ
ある。
大戦後にアメリカ文化を踏襲する中で育って何事も安直に考える癖のついた
私には大カルチャーショックでした。

もうひとつのカルチャーショックは若者でした。
日本ではフリーターとかニートとか、具体的な目標を見失った若者が増えて
いますが、イスラエルで目標を見失った若者を見つけるのは大変です。
なぜこんなに違うのでしょうか?日本が豊かなせいでしょうか?
どうも日本人の考える命とイスラエル人の考える命とでは重さが違うように
思えます。周辺をアラブ諸国に囲まれ、国内にも異民族と異なる宗教を抱え、
否応なく人間の命と社会について考えざるをえないからかもしれません。

いつの日か若者たちをイスラエルに送り、人間と命をリアルに肌で感じ、
ハートで考えるチャンスをあげたいなと思います。そこから未来の日本が
生まれる予感がしています。

2008年1月7日月曜日

タミフル

ついにA型インフルエンザにかかってしまいました。
年末、雨の降る中タクシーが捕まらずに夜更かししたせいか、
飲み屋さんに罹患者がいたのか、30日の夜から高熱がでてしまい、
旅行を中断して帰京。救急病院で診断を受けタミフルを飲みました。

翌日には手伝いにきてくれた娘が発熱、翌々日には娘を看病した
家内が発熱とインフルエンザの玉突き事故状態でした。

確かに効果はありますね、タミフルは。
服用二日目から急激に熱がさがり、三日目からはほぼいつも通り。
私も含めて3名ともよく効きましたが、例の異常行動がでてくるのかどうか
自己観察。3名の共通するものは、下痢と夢でした。

そのどちらもインフルエンザだけでも起こりそうなのでなんともいえませんが、
見る夢がいつもの夢とは違う印象がありました。一応、夢にも想定範囲内と
そうでない感じはあるもので、3人とも想定外の夢をみた印象がありました。

落ち込むというよりは日ごろより大胆な夢が多かった気がします。異常行動は
大胆になってしまうせいなのかもとふと思ったりしました。

まだ流行っているようですので、皆さんもお気をつけください。
今年も楽しい一年でありますように。 合掌